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爪用化粧品の有効性評価に期待 -ケラチンを素材としたヒト爪甲モデルの開発-

印刷用ページを表示する 更新日:2022年7月15日更新

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化粧品開発の有効性評価において実際のヒトや生体組織を用いるのは、時間やコストを要するほか、倫理的な課題を解決する必要があります。これらの諸問題を回避するために、化粧品を作用させた際に生体に近似した反応を示す生体モデルの開発が待望されています。
都産技研は、生体モデルの一つであるヒト爪甲モデルの開発に取り組んでいます。本稿では、開発した爪甲モデルおよび評価技術の一例をご紹介します。​

バイオ技術グループ 主任研究員 永川 栄泰

(外部リンク)

ヒト爪甲モデルのニーズ

近年、マニキュアや爪塗料などの化粧品の市場が拡大しており、塗り性、保持性、および浸透性が製品開発時の指標として評価されています。

これらの製品開発を加速させるにはin vitro評価注1が必要になります。ヒト爪甲(爪一枚に相当)が評価材料になりますが、爪甲のみを入手するのは困難であることに加え、倫理的な問題が生じ得ます。遊離爪(爪切りによって生じた爪片)もまた、評価に必要な大きさ(Φ5 mm)を確保するのが困難です。また、ヒト爪および遊離爪のいずれとも厚みや各種組成物の含量などが個人によって大きく異なることにより評価に大きなバラつきが生じるため、有効性評価を得るための実験をした際、データの再現性が得られないという深刻な課題がありました。従って、安定的に入手可能でかつ再現性の良いヒト爪甲モデルの開発が待望されています。​

​注1 in vitro評価:"試験管内"試験という意味であり、この場合はヒト爪甲や生体モデルを用いた試験を指す。

​従来モデルの比較と開発の着想

ヒト爪甲は厚さ250–800 μmでケラチンを主成分とし、その内部に含まれる水分とわずかな脂質が親水性および親油性物質の透過チャネルとなることが知られています。

ヒト爪甲モデルとして​、ウシ蹄が古くから用いられていますが、ウシ蹄はヒト爪甲モデルよりも親水性が高く、浸透性が過大評価されることが問題視されています。さらに、欧州連合が化粧品開発に関わる動物実験を禁止していることから、ウシ蹄も今後は用いないことが望ましいとされています。

近年では、ヒト毛髪から抽出したケラチンより作製したケラチンフィルムをヒト爪甲モデルとして用いる研究も進められています。しかしながらケラチンフィルムはヒト爪甲に存在するコレステロールなどの脂質が含まれておらず、親油性物質を透過できないという本質的な課題を抱えていました。そこで我々は、脂質類似物質を添加することにより、親水性および親油性物質のいずれとも透過性を有する爪甲モデルが作製可能という仮説を立てました。

親水性および親油性物質の両方に透過性を有するヒト爪甲モデルの開発

開発した爪甲モデルの親水性および親油性物質の透過性を評価しました(図1)。親水性物質としてローダミンB溶液(紫色)、親油性物質としてオイルレッド(オレンジ色)を用いました。​

脂質類似物質としてコレステロールオレートを添加した爪甲モデルを図1a,bに示します。ローダミンBおよびオイルレッドのいずれとも浸透が確認され、浸透深さは19.6 ± 1.9 μmおよび10.6 ± 0.7 μmと算出されました。

一方、コレステロールオレートを含まない爪甲​モデルではローダミンBの浸透(浸透深さ19.4 ± 1.8 μm)のみが確認されました(図1c,d)。遊離爪はローダミンBおよびオイルレッドのいずれとも浸透性を示しましたが(図1e,f)、その浸透深さはそれぞれ42.5 ± 7.8 μmおよび24.9 ± 7.8 μm(いずれも浸透上面)であり、爪甲モデルよりも誤差が大きいことがわかります。

爪甲モデル内部のコレステロールオレートの分布を、イメージング質量顕微鏡を用いて可視化しました(図2)。爪甲モデル全体にコレステロールオレートがほぼ均質に分布しており、親油性物質の透過チャネルとなったことがわかります。​

 

ヒト爪甲モデルおよび遊離爪に対する浸透性試験結果

図1 ヒト爪甲モデルおよび遊離爪に対する浸透性試験結果
コレステロールオレートを添加した爪甲モデルに(a) ローダミンB, (b) オイルレッドを浸透時の顕微鏡観察像。
コレステロールオレートを添加しない爪甲モデルに(c) ローダミンB, (d) オイルレッドを浸透時の顕微鏡観察像。
遊離爪に(e) ローダミンB, (f) オイルレッドを浸透時の顕微鏡観察像。

 

ヒト爪甲モデルのイメージング質量顕微鏡観察結果
図2 ヒト爪甲モデルのイメージング質量顕微鏡観察結果

質量電荷比369でイメージングを行った。

 

​爪化粧品の有効性評価事例

爪甲モデルに実際に爪化粧品を塗布した際のイメージング質量顕微鏡観察結果を示します(図3)。

質量電荷比(m/z)325の物質Aが表面近傍に局在しているのに対し、m/z 370ではモデル全体に均質に分布していることがわかります。開発した爪甲モデルを用いることにより、着目する成分が浸透するのか、また各成分がどのように局在するのかを評価可能です。

ヒト爪甲モデル市販品爪化粧品を浸透させた際のイメージング質量顕微鏡観察結果

図3 ヒト爪甲モデルに市販品爪化粧品を浸透させた際のイメージング質量顕微鏡観察結果
質量電荷比325(緑色)および370(紫色)の分布を示す。
着目する質量によって爪甲モデル中での分布が異なる。

 

化粧品開発に携わる中小企業の皆さまを多角的に支援します​

これらの技術は特許出願中です。爪甲モデルを用いた爪化粧品の有効性評価は、オーダーメード型技術支援にて承ることが可能です。また、ヘルスケア産業支援室(外部リンク)では生体モデル開発のほか、化粧品開発に資する機器類を取りそろえています。本稿で紹介した生体モデルの活用のご相談のほか、依頼試験や機器利用などの相談も承ります。皆さまのお問い合わせを心よりお待ちしています。

 


 

(外部リンク)

開発本部 マテリアル応用技術部

バイオ技術グループ 主任研究員

永川 栄泰(ながかわ よしやす)

 

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