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文化財の振動特性を評価し、安全かつ適正な輸送を目指す

印刷用ページを表示する 更新日:2022年1月15日更新

トップイメージ 試験中の様子

東京国立博物館と都産技研は、文化財の輸送に関する安全性向上についての共同研究を2020年度から実施しています。
共同研究では、文化財(屏風)のレプリカを用いた加振実験を行い、その振動特性を検証しています。共同研究が行われた背景やその内容、今後の展開について、東京国立博物館環境保存室長の和田 浩 氏と、地域技術支援部城東支所の小西 毅 副主任研究員に話を聞きました。

(外部リンク)

梱包された文化財が持つ“ブラックボックス”を明らかにする

文化財の輸送は、衝撃や振動による破損を防ぐため、厳重に梱包されたうえで行われます。しかし、どれほどのレベルの振動や衝撃で破損が起こるかはわからず、検証も困難であるため、手厚い梱包によって安全性を高めることでこれを解決してきました。

「梱包後の文化財がどれほどの耐久性を持つのかは、言わば“ブラックボックス”。本当は過剰なコストをかけて梱包をしているかもしれませんし、もっと手厚く梱包せねばならないかもしれません。どのような輸送で、どのような文化財を、どのように梱包すればよいかを知ることで、安全かつ適正な輸送ができないかと考えました」(和田氏)

 

和田氏の写真


輸送機関でどれほどの振動や衝撃が発生しているか、また、それらを梱包材がどれほど吸収できるかは、それぞれ評価することが可能です。そこで文化財の耐久性を推定すべく、レプリカを制作して振動特性を調査することとしました。

文化財でも輸送頻度の高い屏風に着目し、修復技術者の協力を得て、高さ約1.2 m幅約50 cmのレプリカを製作しました。

「見た目が平面なので気づきにくいですが、実は屏風は複雑な構造をしています。木製の骨組み下地の上に、貼り方を変えながら何層も和紙を重ね、最上部に本紙と呼ばれる鑑賞面の和紙が貼られているのです。このレプリカをもって、2019年度に都産技研へ振動特性の試験を依頼しました」(和田氏)

 

作成した屏風のレプリカの写真
2019年度に製作した屏風のレプリカ。木製の骨組みの上に、何層もの和紙が貼られている。

 

加振試験は、都産技研が所有する大型振動試験装置を用いて行われました。しかし、和紙を重ねた構造が複雑すぎたこと、振動試験装置のテーブルにレプリカが収まらなかったことなどから、十分な特性を導き出すことはできませんでした。


そこで2020年度より、東京国立博物館と都産技研の共同研究として、引き続きレプリカを用いた加振実験を実施することとしました。

 

加振装置を拡張し、屏風のレプリカの振動特性を計測

共同研究では、和紙を貼ったレプリカではなく、木製骨組み下地のみのレプリカを用いて加振実験を行いました。また、レプリカが振動試験装置の加振テーブルからはみ出ないように、新たに鉄製の加振テーブル拡張板を製作しました。

これを振動試験装置にボルトを介し締結し、その上にレプリカを固定し、さらにレプリカの表面全体に加速度センサーを160個設置しました。

 

試験中の様子

加振テーブル上に鉄製の拡張板を設置し、レプリカ全体を加振テーブルに固定。

 

加振テーブルを拡張する試みは初めてであり、振動試験時に影響を及ぼすことがないよう、事前にシミュレーションも行われました。

「加振と共に拡張板が共振してしまっては、正しい測定結果は得られません。CAE解析ソフトウェアによって拡張板の固有振動数をシミュレーションし、実験においても拡張板のみで加振を行って、加振試験の振動数範囲で測定値に影響が出ないことを確認しました」(小西)

 

シミュレーション画面
Ansys(CAE解析ソフトウェア)を用いて、拡張板の固有振動数をシミュレーションした。

 

振動数を10~100 Hzの範囲で変えながら加振試験を行い、全ての計測箇所による加速度の変化をまとめたところ、共振振動数が約70 Hzであることがわかりました。

この結果を踏まえ、70 Hzにおける各計測箇所での加速度値を比較したところ、骨組み下地の中央部に向かうに従って、共振振動数における加速度レベルが大きくなる(=大きく揺れている)ことがわかりました。
 

計測結果(加速度)の図

加速度センサー160箇所の加速度(縦軸)と振動数(横軸)をまとめたグラフ。
約70 Hzで各計測地点の加速度がピークを迎えているのがわかる。

 

計測結果(加速度分布)の図

振動数70 Hzにおける各計測箇所での加速度レベル値をカラーマップにした図。
骨組みの中央にいくほど加速度が大きくなる。

 

「低い振動数ではレプリカ全体が小さく振動しているのですが、70 Hzではドーム状に中央部分が膨らむようなイメージで振動しています。木材のしなりによって、周囲の枠材から遠ざかるほど振幅が大きくなったものと思われます」(和田氏)

 

最適な梱包の形がわかれば、地球環境に配慮した輸送も可能に

共同研究の今後について、和田氏は「木材の構造体の揺れと、最上面の画面との揺れの相関を解析できれば」と話します。
「最上面の揺れがどういった特性を持つかが分かれば、『輸送時はこういう振動が発生するので、こういう梱包資材を使います』と輸送手段を論理的に決めることができるはずです」(和田氏)


一方で、今回の結果は「このサイズの屏風のレプリカに限った話(和田氏)」でもあります。実験に用いたレプリカは一面のみですが、実際の屏風は複数の面が折り畳まれた状態で輸送されるもの。屏風に使われる木の素材や向き、和紙の貼り方なども、屏風が作られた地域によって異なるといいます。
「一点のレプリカによる実験のみでは、汎用性が生まれません。いくつかパターンを変えて実験をし、その結果を機械学習にかけることができたら、汎用的なシミュレーションモデルが作れるのではと考えています」(和田氏)

 

また、今回の共同研究について小西は、都産技研の技術シーズとして「梱包材の設計にも応用できる」と話します。
「今回の試験は一定の振動数を用いていますが、実際のトラック輸送は路面の状態や運転の仕方によって振動数がランダムに変化します。そうした状態を踏まえたシミュレーションや試験も繰り返し行えれば、最適な梱包の形がわかるでしょう。安全性を保ちつつ、コストや使用量を最低限に抑えた梱包資材を設計できれば、地球環境にも配慮した輸送も実現できると考えています」(小西)

 

小西研究員の写真

 

「そして本研究で最適な梱包形態が解明されれば、無二の文化財を後世に伝えるとともに、実証が進められているドローン貨物輸送の本格運用など、将来において最適な梱包設計の提案が可能であると考えています」(小西)

「脱炭素やSDGsの流れから、梱包資材へのプラスチック使用が制限されたり、輸送手段そのものが変わったりすることも考えられます。変化に備えるためにも、引き続き科学的な裏づけのある梱包設計を追求できればと思います」(和田氏)


本研究はJSPS 科研費 20H01383「基盤研究(B)輸送中の振動を受ける美術品の蓄積疲労予測システムの理論構築(代表:和田浩)」の助成を受けたものです。

 


 

(外部リンク)

和田氏の写真

東京国立博物館

学芸研究部保存修復科
環境保存室長


和田 浩(わだ ひろし) 氏

小西の写真

事業化支援本部 地域技術支援部
城東支所
副主任研究員


小西 毅(こにし たけし)

 

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