金属材料が腐食する過程を可視化する「新型腐食試験機」の開発に向けた共同研究
公開日:2025年1月15日 最終更新日:2025年1月15日

都産技研と板橋理化工業株式会社は、腐食※1 過程を可視化し金属材料の耐食性※2を評価する試験機を共同研究により開発しました。開発の過程や今後の展開について、板橋理化工業株式会社 専務取締役の設楽恭弘 氏と、プロセス技術グループ 石田祐也 副主任研究員に話を聞きました。
※1 腐食:金属が周囲の環境と化学反応し、溶けて孔が空いたり変色したりする現象
※2 耐食性:腐食やさびを発生させにくくする性質。塗装やめっき等によりこれを向上できる
従来の塩水噴霧試験が抱える課題を「注水」で解決
金属に発生するさびは、外観を損なうだけでなく材料強度の低下を招き、金属製品の寿命に大きく影響します。金属材料やその表面処理の耐食性を評価する際に用いられるのが、塩水噴霧試験です。金属の表面に塩水を長時間噴霧することで腐食を促進させ、さびの状態などを評価する試験であり、その方法はJISなどの規格によって定められています。
この試験を行う塩水噴霧試験機は装置内に噴霧を充満させるため、試験中の様子を外から観察できず、試験体が「いつ」「どこから」腐食したのかがわかりづらい、という課題がありました。試験途中の状態を観察するには、装置を一旦停止させ、試験体を取り出さなければなりません。試験時間は長いもので数百時間以上かかり、一定時間ごとに観察を要する時などは、作業に大きな負担がかかっていました。
この課題を解決するため、都産技研と板橋理化工業は共同研究を実施。新たに開発された試験機は、試験槽が透明な素材で作られています。塩水を噴霧すると内部はまったく見えなくなりますが、一定時間ごとに槽内へ純水が注水され、試験体表面と壁面に付着した塩水の滴および槽内の噴霧を除去。水を貯めた試験槽はまるで水槽のようになり、試験体を外からクリアに観察できるようになるのです。



新型腐食試験機 注水中
注水の様子は約40倍速している。
「照明やカメラと連動し、注水後の試験体を自動的に撮影する機能も設けました。撮影後は自動的に排水が行われ、塩水噴霧試験が続行されるしくみです。試験中は試験体に触れる必要がない上、明るさや画角といった撮影条件をほぼ一定にできるので、試験体がさびていく様子を連続写真で捉えることができます」(石田)

水族館で魚が泳ぐ様子を見て閃いた
都産技研と板橋理化工業の共同研究は2020年に開始しましたが、槽内を可視化するアイデアは、それ以前から検討されていました。
「塩水噴霧試験機が抱える課題については以前から認識しており、私も設楽専務も『やむを得ないもの』として受け入れていました。そんな中で、共にメンバーとして活動していた都産技研の技術研究会(塗膜性能評価研究会)で塗装品のさびを測る必要が生まれ、改めて塩水噴霧試験機に向き合うことになったのです」(石田)
槽内に監視カメラや内視鏡を入れる案もありましたが、噴霧中は視界が悪く、撮影機材の耐食性にも限界がありました。そこで、「塩水の中に試験体を浸す」「塩水の滴を上からポタポタと垂らす」といった、噴霧を用いない手法について試行錯誤を続けましたが、これも上手く行きませんでした。その後、原点である噴霧を用いる方法に立ち返り現在の注水方式にたどり着くまで、3~4年ほどかかったと話します。
「水族館で魚が泳ぐ様子を眺めていた時、『槽内に水を貯めれば内部がきれいに見えるのでは』と閃いたのがきっかけでした。この案をもって、2020年に板橋理化工業様と共同研究をスタートしています。都産技研ではアイデアを装置の形で具現化するノウハウが十分にないため、板橋理化工業様に設計製造をお願いしました」(石田)
「最初にアイデアを聞いた時は驚きましたね。もともと弊社は浸漬型の試験機も製造しており、試験機内に水を貯めるノウハウを持ち合わせています。ですので、複数の試験機の技術を結集させるイメージで試作機を作りました」(設楽氏)

こうして完成した試作機は、注水する純水の水量・水温の調整や、光源となる照明の選択など、ブラッシュアップを繰り返していきました。純水の注水により、塩水噴霧試験の規格から離れてしまいますが、それ以上に「途中段階を見ることのメリットは大きい」といいます。
「従来の塩水噴霧試験機は途中段階がわからないため、『塩水噴霧を数百時間行って生じたさび』が、実はもっと短時間で生じている可能性もあるわけです。本手法であれば、腐食状態を逐次評価できるので十分な耐食性が確認できた段階で試験を終了できます。注水によって従来の規格から離れたとしても、メリットは大きいと考えました」(石田)
塩水噴霧による腐食の様子
腐食現象のさらなる解明につながる可能性
従来の塩水噴霧試験では、さびの状態を目視で評価していたため、作業者によって評価にバラつきが生じる可能性がありました。今回開発した新型腐食試験機は、腐食する様子を写真で残せるため、画像解析による定量的な評価が可能です。
「撮影画像内にさびを示す色の部分が何%含まれているかを検出すれば、腐食の進行度をグラフに表すことができますし、複数の試験体の定量的な相対比較も可能になります。撮影画像をつなげた動画からは、さびの起点や拡がり方も知ることができ、腐食過程に関する新たなデータとして可能性を感じています」(石田)
新型腐食試験機の撮影画像の解析動画
(撮影・観察条件)
- 亜鉛めっき鋼板(めっき膜厚約1μm)
- 塩水噴霧の条件はJIS Z 2371 中性塩水噴霧試験に準拠
- 1時間に1度の頻度で5分間の注水可視化を行い撮影(規定量に到達後照明点灯)
(解析動画について)
左:写真撮影した画像を連続させたもの
中:左の画像を赤さびと判定した部分か否かで二値化した結果
右:左の画像から赤さびと認識した箇所のみ抽出した結果
中央上の部分に試験を開始してから経過した時間(24時間で切り替え)
右上に各画像の□の枠内に占める、赤さびと判定された画素数の割合を記載
こうして開発された新型腐食試験機は「腐食過程可視化装置」として、板橋理化工業で製品化されました。共同研究は終了しましたが、ソフトウェアの使いやすさ向上や解析の高度化、さらなるデータ取得などについて、両者の取り組みは続いています。
「塩水噴霧試験は企業によって基準やノウハウが異なることもあり、この装置を見た方々からは、さまざまな要望をいただいています。引き続き都産技研さんと協力しながら、要望に応えていければと考えています。多くの分野でこの装置が使われていくことを期待しています」(設楽氏)
「腐食過程が可視化されることで、新しい課題も生まれるでしょう。その意味では、今回の共同研究はゴールではなくスタート。塩水噴霧試験の効率化のみならず、腐食現象のさらなる解明につながる可能性があると考えています。これからも二人三脚で開発を進められたら幸いです」(石田)

(右から)
板橋理化工業株式会社
専務取締役
設楽恭弘 氏
機能化学材料技術部 プロセス技術グループ
副主任研究員
石田祐也
関連情報
- 板橋理化工業株式会社 (外部リンク)
- 塩水噴霧試験機[プロセス技術G]
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