中温域向け環境適合型p型リン系熱電材料の開発
公開日:2025年7月15日 最終更新日:2025年7月15日

排熱から電力を生み出す熱電材料の中で、従来材料のさまざまな課題をクリアした「中温域向け環境適合型p型リン系熱電材料Ag6Ge10P12」の開発について紹介します。開発した材料は、工業炉や焼却炉、自動車・船舶・飛行機のエンジンなどから発生する排熱を利用した排熱発電への応用が期待できます。また、中温域で駆動するIoTセンサの自立電源としても応用可能です。
中温域向け熱電材料の技術背景
近年のエネルギー問題の解決に向けて、未利用排熱の再利用に注目が集まっています。世界全体における1年間の排熱量は、原子力発電所数1000基分に匹敵する1020 J 以上にも達し、その再利用のための有力な手段として熱電材料があります。
熱電材料は、材料内の温度差によって熱起電力が生じる特徴を活かして、熱を電力に変換できるエネルギー変換材料です。熱電材料は、化学反応を伴わないため環境に優しく、機械的な可動部がないことから振動や騒音が発生せず、さらに小型化が可能で、長寿命かつメンテナンス不要といった多くの利点を有しています。
しかし、現在の中温域(200~500℃前後)向けの熱電材料は、鉛やセレンなどの有害元素を多く含むこと、乏しい機械特性、さらには非線形(非直線)的な熱膨張特性といった熱電特性以外の面でさまざまな課題を抱えています。これらの課題の解決が、社会実装に向けた信頼性の高いデバイス作製のために必要とされています。
本研究では、これらの課題をクリアし、より実用に適したp型リン系熱電材料Ag6Ge10P12を新たに開発しました。加えて、デバイス作製時にペアとなる対極のn型熱電材料候補の検討も行いました[1,2]。
リン系化合物で初めての無次元性能指数ZT > 1の達成
熱電材料の性能に関する指標として、無次元性能指数ZTがあります。ZTの値は、電気伝導率・熱起電力・熱伝導率によって決まり、一般的にZTが1を超えることが応用に向けた一つの基準とされています。これら3つの物性値は互いにトレードオフの関係にあるため、性能向上は容易ではありません。
本研究ではAg6Ge10P12に対して元素置換を行うことでZTの向上に取り組み、リン系化合物として世界で初めてZT > 1を達成するAg5.85Cu0.15Ge9.875Ga0.125P12を開発しました(図1)。
これは、都産技研の先行研究である熱伝導率の低減に有効なAgサイトへのCu置換[3]と、電気特性の向上に有効なGeサイトへのGa置換[4]を組み合わせ、さらに化学組成を最適化することで実現しました。

従来の熱電材料と比較しても総合的に優れた機械特性
熱電材料は、駆動時には温度差に由来する熱応力が常に加わった状態となり、それに耐えるために機械特性が高いことが求められます。
今回、開発した材料に対して、変形しにくさを表すヤング率、硬さを表すマイクロビッカース硬度、き裂の進展に対する粘り強さを表す破壊靭性、耐荷重を表す圧縮強度の4つの機械物性値を評価し、中温域向けに限らず代表的な熱電材料と比較しました(図2)。この4つの機械物性値はそれぞれ高い方が優れていると言えますが、Ag5.85Cu0.15Ge9.875Ga0.125P12はすべてにおいて高い水準で兼ね備えており、他の熱電材料に比べて総合的に優れた機械特性を有していることを明らかにしました。

熱膨張特性
温度が大きく変化する環境下で熱電材料を使用する場合は、熱電材料自身へのクラックや熱電材料から電極が剥離するのを防ぐために、熱膨張が温度に対して線形(直線)的であることが望まれます。
図3に従来の中温域向けp型熱電材料と、今回開発した材料およびペアとなるn型熱電材料候補の熱膨張率ΔL/L0の温度依存性を示します。従来の中温域向けp型熱電材料(黒細線)は温度に対して非線形(非直線)的な熱膨張特性を示す一方で、今回開発した材料(青太線)は、室温から450℃まで線形(直線)的な熱膨張特性を示すことを明らかにしました。
また、熱電デバイスではp型熱電材料と、その対極となるn型熱電材料をペアとして作製するため、両者の熱膨張特性が近いことが求められます。今回開発した材料の線熱膨張係数はおおよそ10 × 10-6 ℃-1であり、同様に線形な熱膨張特性を示すn型対極候補(破線、ハーフホイスラー合金:9.5~11.0 × 10-6 ℃-1、充填スクッテルダイト化合物:9~11 × 10-6 ℃-1、マグネシウムシリサイドおよびマグネシウムスタナイド:10~18 × 10-6 ℃-1)の線熱膨張係数と同程度です。また、作製するデバイスの変換効率を最大化させるために、p型とn型の材料間の電気的な相性を表す適合因子という指標を考慮しました。これらの結果、特にハーフホイスラー合金と充填スクッテルダイト化合物が有力なn型対極候補であるということを見い出しました。

熱電材料に関するお問い合わせについて
本研究で開発したリン系熱電材料は、従来の中温域向け材料のさまざまな課題をクリアしており、実用面で有利な点が多くあります。今後の開発過程では、ペアとなるn型熱電材料候補の見通しも立っており、迅速なデバイス化にも期待が持てます。本材料に関するご相談はもちろん、他の熱電材料についてもご協力できることは多くございますので、お気軽にお問い合わせください。
参考文献
[1] 特許第7665175号
[2] H. Namiki et al.: “Achieving ZT > 1 in Cu and Ga Co-doped Ag6Ge10P12 with Superior Mechanical Performance and Its Fundamental Physical Properties toward Practical Thermoelectric Device Applications”, ACS Applied Materials & Interfaces, Vol.16, pp.54241-54251 (2024).
[3] H. Namiki et al.: “Effects of isovalent doping on the thermoelectric properties of environmentally-friendly phosphide Ag6Ge10P12”, Japanese Journal of Applied Physics, Vol.59, No.075508 (2020).
[4] H. Namiki et al.: “Relationship between the density of states effective mass and carrier concentration of thermoelectric phosphide Ag6Ge10P12 with strong mechanical robustness”, Materials Today Sustainability, Vol.18, No.100116 (2022).
関連情報
同じカテゴリの記事