多機能型X線光電子分光分析装置による表面分析
公開日:2025年5月15日 最終更新日:2025年5月15日

X線光電子分光分析(X-ray photoelectron spectroscopy; XPS)は、金属・樹脂・セラミックスなど各種材料の最表面に存在する元素の種類および化学結合状態を調べることができる手法です。製品の変色や導通不良などの各種トラブルの原因究明や、表面改質層や表面官能基を付与した製品の評価などに活用できます。また、表面をイオンで掘りながら分析することで深さ方向の元素分布を取得することも可能で、コーティングや酸化膜の厚み調査などにもご利用いただけます。本稿では、本部に新たに導入された多機能型XPS装置について、その概要と機能を紹介いたします。
XPSの概要
XPSは、プローブとして高エネルギーのX線を材料表面に照射し、光電効果と呼ばれる現象によって、材料の照射面から放出された光電子を観測する分析手法です。放出された光電子が持つエネルギーは、材料表面を構成する元素の種類や結合状態により変化するため、エネルギースペクトルを観測することで、表面に存在する物質の特定などが可能です。XPSの最大の特徴は、材料表面から数nmの深さまでの光電子だけが検出されるため、最表面のみの情報が得られるという点です。一例として、ニッケル材料の表面を測定した際のスペクトルを図1に示します。図に示すように、各元素の種類に応じてピークが検出される結合エネルギーの位置が異なるため、ピーク解析により材料表面に存在する元素の種類が判定できます。図の例では、材料の主要元素であるNiの他に、CやO、 N、 Na、 Cl、 Caなどの酸化膜や汚染物質に由来した元素が表面に存在していることがわかります。

硬X線源による内部構造の解析
XPSの利点の一つに、材料表面に「どのような元素が存在しているのか」だけでなく、各ピークを細かく見ることによって「どのような結合状態が存在しているか」を調べられる点が挙げられます。一例として、鉄鋼材料の表面を分析した際のFe2p3スペクトル※1を図2に示します。図のように、XPSのFe2p3スペクトルではFeとFe-Oに属する ピークが分離して観測されるため、Feの存在だけでなく酸化状態もあわせて確認できます。
本部に新たに導入されたXPS装置では、軟X線(Al Kα線)と硬X線(Cr Kα線)の二つのX線源を搭載しています。一般的に使用されているAl Kα線では、材料表面から5~10 nm程度の情報が得られるのに対し、Cr Kα線源ではAl Kα線と比較して約3倍の深さまでの情報を得ることができます。このため、酸化膜や表面改質層などが形成されている製品であっても、非破壊でバルク解析※2を行うことが可能です。

※1 Fe2p3スペクトル:XPSで鉄(Fe)の2p電子軌道に対応する光電子のエネルギーレベル
※2 バルク解析:内部構造や特性を調べる手法
高感度アナライザーによる高分解能測定
当該装置では、高感度アナライザーの搭載により短時間で高分解能(横軸のデータ取得間隔が細かい)な測定が可能となっています。一例として、炭素材料を異なる分解能で測定した際のC1s※3スペクトルを図3に示します。図に示すように、分解能の向上に伴いC-Cや-COOHに属する各ピークの幅(半値幅)が小さくなっていることがわかります。これにより、ピーク解析の精度の向上や、他のピークに埋もれてしまっていた微弱なピークの発見など、波形解析から得られる情報をさらに鮮明化することができます。このため、材料表面に存在している物質をより高精度に特定できます。

※2 C1sスペクトル:XPSで炭素(C)の1s電子軌道に対応する光電子のエネルギーレベル
Arスパッタリングによる深さ方向分析
さらに、当該装置には、Arスパッタリングによる表面物質の除去機能が搭載されています。このため、図4に示すように「イオン衝突による材料表面の破壊」と「X線照射による光電子の検出」を交互に繰り返すことで、深さ方向への元素分布などを調査できます。一例として、銅材料への深さ分析の事例を図5に示します。図の例では、材料の最表面ではOの検出量が多く、酸化銅が形成されていることがわかります。一方でスパッタ深さが深くなるに従いOの検出量が低下し、この傾向に対応してCuの検出量が増加しています。この分析によって、材料の最表面に生成された酸化膜の厚み(酸素が材料内部のどの深さまで存在しているか)を解析可能です。また、この解析 は酸化膜に限らず、意図的に形成したコーティングや表面改質層などの厚み評価にも活用できます。


※4 O1s:XPSで酸素(O)の1s電子軌道に対応する光電子のエネルギーレベル
※5 Cu2p3:XPSで銅(Cu)の2p電子軌道に対応する光電子のエネルギーレベル
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